熱いコーヒーを机の上に置いておくと、時間とともに冷めていきます。
反対に、冷たい飲み物を暖かい部屋へ置けば、少しずつ周囲の温度に近づきます。
金属棒の一部分だけを熱した場合も同じです。最初は一か所に集中していた熱が周囲へ広がり、やがて温度の差が小さくなっていきます。
このような「熱が広がる現象」を表す代表的な数式が、熱方程式です。
$$\boxed{\frac{\partial u}{\partial t}=\kappa\frac{\partial^2u}{\partial x^2}}$$
一見すると難しそうですが、この方程式が表していることは意外に単純です。
周囲より熱い場所は冷え、周囲より冷たい場所は温まる。
つまり熱方程式は、温度分布の山を下げ、谷を持ち上げながら、全体の凸凹をならしていく方程式です。
しかも、熱方程式が表すのは温度だけではありません。
物質の拡散、ブラウン運動、画像のぼかし、金融数学、流体力学など、さまざまな分野に同じ数学的構造が現れます。
本記事では、1次元の線形熱方程式を題材にして、
- なぜ2階微分が現れるのか
- 熱方程式をどのように解くのか
- 熱核とは何か
- 最大値原理とは何か
- なぜ解が滑らかになるのか
- なぜ細かな振動から消えるのか
- 熱が広がる速さはどのくらいか
を、初学者向けに数式と直感の両方から解説します。
1.熱方程式とは何か
長い金属棒を考えます。
棒の位置を $x$、時刻を $t$ とし、時刻 $t$、位置 $x$ における温度を
$$u(t,x)$$
と表します。
例えば、
$$u(0,2)=80$$
なら、「最初の時刻 $t=0$ に、位置 $x=2$ の温度が80度だった」という意味です。
この温度の変化を記述する基本的な方程式が、
$$\boxed{\frac{\partial u}{\partial t}=\kappa\frac{\partial^2u}{\partial x^2}}$$
です。
偏微分を簡略化して、
$$\boxed{u_t=\kappa u_{xx}}$$
と書くこともあります。
ここで、
$$u_t=\frac{\partial u}{\partial t}$$
は、ある場所の温度が時間とともにどれくらい変化しているかを表します。
一方、
$$u_{xx}=\frac{\partial^2u}{\partial x^2}$$
は、温度分布のグラフがどのくらい曲がっているかを表します。
また、$\kappa>0$ は熱拡散率と呼ばれる定数です。
$\kappa$ が大きい物質ほど、熱が速く広がります。
熱拡散率の単位は、通常、
$$\mathrm{m^2/s}$$
です。
これは、熱が時間とともにどの程度の距離へ広がるかを表しています。
2.熱方程式はどのように導かれるのか
熱方程式が現れる理由を理解するために、金属棒を細かな区間へ分割して考えてみましょう。
隣り合う点の間隔を $h$ とし、それぞれの位置の温度を
$$u_{j-1}(t),\qquad u_j(t),\qquad u_{j+1}(t)$$
とします。
中央の点 $j$ の温度は、左右から流れ込む熱によって変化します。
右側との温度差は、
$$u_{j+1}-u_j$$
です。
右側のほうが高温なら、この値は正になり、右から中央へ熱が流れ込みます。
同様に、左側との温度差は、
$$u_{j-1}-u_j$$
です。
左右からの影響を合わせると、中央の温度変化は、おおよそ
と表せます。
右辺を整理すると、
$$\frac{du_j}{dt}=\kappa\frac{u_{j+1}-2u_j+u_{j-1}}{h^2}$$
となります。
一方、2階微分には、
$$u_{xx}(x)\approx\frac{u(x+h)-2u(x)+u(x-h)}{h^2}$$
という近似があります。
したがって、点の間隔 $h$ を限りなく小さくすると、
$$u_t=\kappa u_{xx}$$
が現れます。
つまり、熱方程式に現れる2階微分は、その場所の温度が周囲の温度と比べて高いか低いかを測っているのです。
3.物理法則から熱方程式を導く
もう少し物理的に考えると、熱方程式は次の2つの原理から導かれます。
1つ目は、熱は高温側から低温側へ流れるという法則です。
単位時間に流れる熱の量を $q$ とすると、フーリエの熱伝導則によって、
$$q=-k\frac{\partial u}{\partial x}$$
と表されます。
ここで $k>0$ は熱伝導率です。
マイナスが付くのは、温度が増加する方向とは反対側へ熱が流れるからです。
2つ目は、熱エネルギーの保存則です。
密度を $\rho$、比熱を $c$ とすると、温度変化と熱流の関係は、
$$\rho c\frac{\partial u}{\partial t}=-\frac{\partial q}{\partial x}$$
となります。
ここへフーリエの熱伝導則を代入すると、
$$\rho c\frac{\partial u}{\partial t}=k\frac{\partial^2u}{\partial x^2}$$
が得られます。
したがって、
$$\frac{\partial u}{\partial t}=\frac{k}{\rho c}\frac{\partial^2u}{\partial x^2}$$
です。
ここで、
$$\kappa=\frac{k}{\rho c}$$
と置けば、
$$\boxed{u_t=\kappa u_{xx}}$$
となります。
熱拡散率 $\kappa$ は、
- 熱がどれくらい流れやすいか
- 物質がどれくらい熱を蓄えやすいか
の両方によって決まる量です。
4.熱方程式は「山を下げ、谷を上げる」
熱方程式の意味を、温度分布のグラフから考えてみましょう。
ある場所 $x$ の温度が周囲より高くなっているとします。
温度分布のグラフでは、そこは山の頂上です。
山の頂上では、グラフが上に盛り上がっているため、
$$u_{xx}(t,x)<0$$
となります。
熱方程式より、
$$u_t(t,x)=\kappa u_{xx}(t,x)<0$$
です。
これは、その場所の温度が時間とともに下がることを意味します。
反対に、周囲より温度が低い谷の底では、
$$u_{xx}(t,x)>0$$
となります。
したがって、
$$u_t(t,x)>0$$
となり、その場所の温度は上昇します。
まとめると、
$$\boxed{\text{山では温度が下がり、谷では温度が上がる}}$$
ということです。
熱方程式は、この働きをすべての場所で同時に行います。
その結果、時間がたつほど温度分布の凸凹は小さくなり、全体が滑らかになっていきます。
5.具体的な解を一つ見てみよう
最初の温度分布がサイン波
$$u(0,x)=\sin(kx)$$
だったとします。
このとき、熱方程式の解は、
$$\boxed{u(t,x)=e^{-\kappa k^2t}\sin(kx)}$$
となります。
本当に解になっているか、実際に確かめてみましょう。
時間 $t$ で微分すると、
$$u_t=-\kappa k^2e^{-\kappa k^2t}\sin(kx)$$
です。
一方、位置 $x$ について2回微分すると、
$$u_{xx}=-k^2e^{-\kappa k^2t}\sin(kx)$$
となります。
したがって、
$$\kappa u_{xx}=-\kappa k^2e^{-\kappa k^2t}\sin(kx)=u_t$$
が成り立ちます。
確かに、
$$u_t=\kappa u_{xx}$$
を満たしています。
この解は、サイン波の形を保ったまま、その高さだけが
$$e^{-\kappa k^2t}$$
によって小さくなっていきます。
6.細かな振動ほど速く消える
先ほどの解、
$$u(t,x)=e^{-\kappa k^2t}\sin(kx)$$
に注目します。
$k$ は、波の細かさを表す数です。
例えば、
$$\sin x$$
は、比較的ゆったりと変化する波です。
この波は、時間とともに
$$e^{-\kappa t}\sin x$$
へ変化します。
一方、
$$\sin(10x)$$
は、細かく振動する波です。
この波は、
$$e^{-100\kappa t}\sin(10x)$$
へ変化します。
$\sin(10x)$ には $e^{-100\kappa t}$ が掛かるため、$\sin x$ よりもはるかに速く小さくなります。
一般に、$k$ が大きいほど、
$$e^{-\kappa k^2t}$$
は速く0へ近づきます。
したがって、
$$\boxed{\text{細かな凸凹ほど速く消える}}$$
ことが分かります。
これが、熱方程式が温度分布を滑らかにする理由の一つです。
画像処理の言葉を使えば、熱方程式は細かなノイズを取り除くぼかしフィルターのような働きをします。
7.「線形」とはどういう意味か
熱方程式は、線形偏微分方程式です。
関数 $u$ と $v$ が、それぞれ
$$u_t=\kappa u_{xx}$$
および
$$v_t=\kappa v_{xx}$$
を満たしているとします。
定数 $a,b$ に対して、
$$w=au+bv$$
と置きます。
すると、
$$w_t=au_t+bv_t$$
であり、
$$w_{xx}=au_{xx}+bv_{xx}$$
です。
したがって、
$$w_t=au_t+bv_t=a\kappa u_{xx}+b\kappa v_{xx}=\kappa w_{xx}$$
となります。
つまり、$w=au+bv$ も熱方程式の解です。
この性質を重ね合わせの原理といいます。
簡単な解を足し合わせることで、複雑な温度分布に対応する解を作れるのです。
8.複雑な温度分布を波へ分解する
有限区間
$$0<x<L$$
を考えます。
棒の両端を常に0度に保つとすると、境界条件は、
$$u(t,0)=u(t,L)=0$$
です。
このとき、最初の温度分布 $u_0(x)=u(0,x)$ を、
$$u_0(x)=\sum_{n=1}^{\infty}a_n\sin\left(\frac{n\pi x}{L}\right)$$
のように、サイン波の和へ分解できます。
これがフーリエ級数です。
それぞれのサイン波は、時間とともに
$$e^{-\kappa(n\pi/L)^2t}$$
の割合で減衰します。
したがって、熱方程式の解は、
$$\boxed{u(t,x)=\sum_{n=1}^{\infty}a_ne^{-\kappa(n\pi/L)^2t}\sin\left(\frac{n\pi x}{L}\right)}$$
となります。
$n$ が大きいほど、空間的に細かく振動する波を表します。
そして、
$$e^{-\kappa(n\pi/L)^2t}$$
は、$n$ が大きいほど速く0へ近づきます。
そのため、初期温度に含まれていた細かな凸凹はすぐに消え、ゆったりした形だけが長く残ります。
熱方程式とフーリエ解析が深く結びついているのは、このためです。
9.点に集中していた熱はどう広がるのか
ここからは、無限に長い棒、
$$-\infty<x<\infty$$
を考えます。
時刻 $t=0$ に、位置 $x=0$ へ熱を一点集中させたとします。
この熱は、時刻 $t>0$ になると、
$$\boxed{G_t(x)=\frac{1}{\sqrt{4\pi\kappa t}}\exp\left(-\frac{x^2}{4\kappa t}\right)}$$
という形に広がります。
この関数を熱核といいます。
熱核は、中央が高く、左右へ行くほど低くなる釣鐘型の関数です。
時間がたつと、
- 山の高さは低くなる
- 横幅は広くなる
- 全体の面積は変わらない
という変化をします。
実際、熱核は、
$$G_t(x)>0$$
および
$$\int_{\mathbb R}G_t(x),dx=1$$
を満たします。
一般の初期温度 $u_0(x)$ に対する解は、
$$\boxed{u(t,x)=\int_{\mathbb R}G_t(x-y)u_0(y),dy}$$
で与えられます。
この積分は、現在の位置 $x$ の温度が、最初の各地点 $y$ の温度を集めて平均したものだと解釈できます。
$x$ に近い場所の温度には大きな重みが付き、遠い場所の温度には小さな重みが付きます。
熱方程式の多くの性質は、この「熱核による重み付き平均」から説明できます。
10.熱方程式が持つ7つの重要な性質
性質1.非負の初期値は非負のまま保たれる
初期値がすべての場所で、
$$u_0(x)\geq0$$
を満たしているとします。
熱核も、
$$G_t(x-y)\geq0$$
なので、
$$u(t,x)=\int_{\mathbb R}G_t(x-y)u_0(y),dy\geq0$$
となります。
したがって、
$$\boxed{u_0\geq0\quad\Longrightarrow\quad u(t,\cdot)\geq0}$$
です。
これを正値性保存といいます。
ここでいう非負とは、数学的に関数の値が0以上という意味です。
温度を摂氏で表した場合に「0度未満にならない」という意味ではありません。絶対温度や物質の濃度など、非負量を考えるときに重要な性質です。
性質2.最大値は勝手に大きくならない
初期温度が、
$$m\leq u_0(x)\leq M$$
を満たしているとします。
熱核は非負で、積分すると1になるため、
$$u(t,x)=\int_{\mathbb R}G_t(x-y)u_0(y),dy$$
は、初期温度の重み付き平均です。
したがって、
$$m\leq u(t,x)\leq M$$
が成り立ちます。
つまり、
$$\boxed{\inf_xu_0(x)\leq u(t,x)\leq\sup_xu_0(x)}$$
です。
外から熱を加えない限り、最初の最大値を超える温度が突然作られることはありません。
同様に、最初の最小値より低い温度が突然作られることもありません。
この性質を、熱方程式の最大値原理といいます。
最大値原理は、解の一意性を証明するときにも使われます。
実際、同じ初期条件と境界条件を持つ2つの解があったとします。
その差を $w$ とすると、$w$ も熱方程式を満たし、初期値と境界値は0になります。
最大値原理を使えば、
$$w\leq0$$
かつ
$$-w\leq0$$
が得られるため、
$$w=0$$
となります。
したがって、2つの解は同じです。
性質3.全体の熱量は保存される
無限に長い棒を考え、温度が遠方で十分速く小さくなるとします。
棒全体の熱量に対応する量を、
$$M(t)=\int_{\mathbb R}u(t,x),dx$$
と置きます。
時間で微分すると、
$$M'(t)=\int_{\mathbb R}u_t(t,x),dx=\kappa\int_{\mathbb R}u_{xx}(t,x),dx$$
です。
微積分の基本定理より、
$$\int_{\mathbb R}u_{xx}(t,x),dx=\left[u_x(t,x)\right]_{-\infty}^{\infty}$$
となります。
遠方で $u_x(t,x)$ が0へ近づくなら、
$$M'(t)=0$$
です。
したがって、
$$\boxed{\int_{\mathbb R}u(t,x),dx=\int_{\mathbb R}u_0(x),dx}$$
が成り立ちます。
温度分布の形は変化しますが、棒全体の熱量は変わりません。
ただし、熱量が保存されるかどうかは境界条件にも依存します。
棒の端を低温に固定している場合には、熱が境界から外へ逃げるため、棒の内部だけの熱量は保存されません。
性質4.時間が少したつだけで滑らかになる
熱核、
$$G_t(x)=\frac{1}{\sqrt{4\pi\kappa t}}\exp\left(-\frac{x^2}{4\kappa t}\right)$$
は、$t>0$ なら $x$ について何回でも微分できる滑らかな関数です。
解を畳み込みの記号 $*$ を使って、
$$u(t,\cdot)=G_t*u_0$$
と書きます。
位置について $m$ 回微分すると、適切な条件のもとで、
$$\partial_x^mu(t,\cdot)=(\partial_x^mG_t)*u_0$$
となります。
つまり、初期値 $u_0$ を直接微分する代わりに、滑らかな熱核 $G_t$ を微分できます。
初期値に尖りや不連続があっても、正の時間が少し経過すれば、熱核によって平均化されます。
その結果、
$$\boxed{t>0\text{ なら解は非常に滑らかになる}}$$
という現象が起こります。
これを熱方程式の平滑化効果といいます。
例えば、最初の温度分布が階段状に突然変化していても、正の時間がたつと境目が滑らかになります。
性質5.細かな情報から先に失われる
熱方程式を空間変数についてフーリエ変換すると、
$$\frac{\partial\widehat{u}}{\partial t}(t,\xi)=-\kappa\xi^2\widehat{u}(t,\xi)$$
となります。
これは各周波数 $\xi$ についての常微分方程式なので、
$$\boxed{\widehat{u}(t,\xi)=e^{-\kappa\xi^2t}\widehat{u_0}(\xi)}$$
と解けます。
$\xi$ は空間周波数を表します。
$|\xi|$ が小さい成分は、ゆったりした変化に対応します。
一方、$|\xi|$ が大きい成分は、細かな振動や鋭い凸凹に対応します。
熱方程式では、それぞれの周波数に、
$$e^{-\kappa\xi^2t}$$
が掛かります。
$|\xi|$ が大きいほど、この値は急速に0へ近づきます。
したがって、
$$\boxed{\text{細かな情報ほど速く失われる}}$$
ことになります。
これは、熱方程式を時間について逆向きに解くことが難しい理由でもあります。
後の滑らかな温度分布から初期状態を復元するには、減衰した成分を、
$$e^{\kappa\xi^2t}$$
倍に増幅しなければなりません。
ところが、これは高周波に含まれる小さな測定誤差まで非常に大きく増幅します。
そのため、未来の温度分布から過去の温度分布を復元する後退熱方程式は、極めて不安定な問題になります。
熱方程式は、未来へ進むことは安定していますが、過去へ戻ることは不安定なのです。
性質6.温度のエネルギーは減少する
次の量を考えます。
$$E(t)=\frac12\int_{\mathbb R}u(t,x)^2,dx$$
これは、温度分布の大きさを測る一種のエネルギーです。
時間で微分すると、
$$E'(t)=\int_{\mathbb R}u(t,x)u_t(t,x),dx$$
となります。
熱方程式 $u_t=\kappa u_{xx}$ を代入すると、
$$E'(t)=\kappa\int_{\mathbb R}u(t,x)u_{xx}(t,x),dx$$
です。
境界項が消えると仮定して部分積分すると、
$$\int_{\mathbb R}uu_{xx},dx=-\int_{\mathbb R}u_x^2,dx$$
となります。
したがって、
$$\boxed{E'(t)=-\kappa\int_{\mathbb R}u_x(t,x)^2,dx\leq0}$$
です。
つまり、エネルギー $E(t)$ は時間とともに増加しません。
さらに、
$$\int_{\mathbb R}u_x^2,dx$$
は、温度分布の傾きの大きさを測っています。
温度差が激しいほど、この量は大きくなります。
したがって、
$$\boxed{\text{温度差が激しいほど、エネルギーは速く減少する}}$$
と解釈できます。
熱方程式は、エネルギーを散逸させながら温度分布を平らにしていく方程式です。
性質7.熱は数学上、瞬時に全空間へ届く
熱核は、任意の $t>0$ と $x\in\mathbb R$ に対して、
$$G_t(x)>0$$
を満たします。
初期値 $u_0$ が非負で、どこかで正なら、
$$u(t,x)=\int_{\mathbb R}G_t(x-y)u_0(y),dy>0$$
となります。
これは、どれほど遠い場所であっても、任意の正の時刻には熱の影響が届いていることを意味します。
したがって、
$$\boxed{\text{熱方程式は無限の伝播速度を持つ}}$$
と表現されます。
これは、波動方程式との大きな違いです。
波動方程式では、影響は有限の速度で伝わります。ある時刻までに情報が届く範囲が明確に決まります。
一方、古典的な熱方程式では、非常に小さな影響まで含めると、熱は瞬時に全空間へ広がります。
もちろん、現実の物質で観測可能な熱が文字どおり無限速度で伝わるという意味ではありません。
これは、フーリエの熱伝導則を基礎にした古典的な熱方程式という数学モデルが持つ性質です。
11.熱が広がる距離はなぜ $\sqrt{t}$ なのか
熱核の指数部分は、
$$\exp\left(-\frac{x^2}{4\kappa t}\right)$$
です。
この値が極端に小さくならない代表的な範囲を考えると、
$$\frac{x^2}{\kappa t}\approx1$$
となります。
したがって、
$$|x|\approx\sqrt{\kappa t}$$
です。
つまり、熱が広がる代表的な距離は、
$$\boxed{\sqrt{\kappa t}\text{ 程度}}$$
になります。
より正確には、熱核を確率密度として見たときの分散は、
$$2\kappa t$$
です。
したがって、標準偏差は、
$$\sqrt{2\kappa t}$$
となります。
重要なのは、熱が広がる距離が時間 $t$ そのものではなく、
$$\sqrt{t}$$
に比例することです。
逆に、距離 $L$ 程度まで熱が広がるために必要な時間は、
$$\boxed{t\approx\frac{L^2}{\kappa}}$$
です。
例えば、棒の長さを2倍にすると、熱が全体へ広がるために必要な時間は約4倍になります。
長さを10倍にすると、必要な時間は約100倍です。
この、
$$\frac{L^2}{\kappa}$$
は、拡散現象における代表的な時間スケールです。
12.境界条件によって未来は変わる
熱方程式だけを書いても、温度の未来は一つに決まりません。
最初の温度分布を表す初期条件と、棒の端で何が起きるかを表す境界条件を指定する必要があります。
両端の温度を固定する場合
例えば、
$$u(t,0)=u(t,L)=0$$
とします。
これは、棒の両端を常に0度に保つ条件です。
このような条件をディリクレ境界条件といいます。
熱は両端から外へ逃げるため、適切な条件のもとでは、十分長い時間がたつと、
$$u(t,x)\longrightarrow0$$
となります。
両端を断熱する場合
次に、
$$u_x(t,0)=u_x(t,L)=0$$
とします。
これは、両端で温度の傾きが0になる条件です。
フーリエの熱伝導則では、熱流は温度の傾きに比例するので、温度の傾きが0なら境界から熱が流れません。
この条件をノイマン境界条件といいます。
棒の外へ熱が逃げないため、棒全体の熱量は保存されます。
初期温度の平均値は、
$$\overline{u_0}=\frac{1}{L}\int_0^Lu_0(x),dx$$
です。
十分長い時間がたつと、温度はこの平均値へ近づきます。
$$u(t,x)\longrightarrow\overline{u_0}$$
つまり、最終的に棒全体が同じ温度になります。
棒が輪になっている場合
位置 $0$ と位置 $L$ が同じ場所につながっていると考え、
$$u(t,0)=u(t,L)$$
および
$$u_x(t,0)=u_x(t,L)$$
を課すこともあります。
これを周期境界条件といいます。
輪になった棒や、同じ構造が繰り返される空間を表すときに使われます。
この場合も熱量は保存され、適切な条件のもとでは、長時間後に平均温度へ近づきます。
同じ熱方程式でも、境界条件が異なれば、長時間後の状態も変わるのです。
13.熱方程式は温度以外にも現れる
熱方程式は、もともと熱伝導を記述する方程式です。
しかし、同じ数学的構造はさまざまな分野に現れます。
物質の拡散
水の中にインクを落とすと、最初は一か所に集中していたインクが少しずつ周囲へ広がります。
インクの濃度を $u(t,x)$ とすれば、その変化も、
$$u_t=\kappa u_{xx}$$
と同じ形の拡散方程式で表されます。
熱が広がる現象と、物質の濃度が広がる現象は、数学的には同じ構造を持っています。
確率論とブラウン運動
ランダムに動く粒子の代表的なモデルが、ブラウン運動です。
標準ブラウン運動の位置の確率密度は、
$$p(t,x)=\frac{1}{\sqrt{2\pi t}}\exp\left(-\frac{x^2}{2t}\right)$$
で与えられます。
この確率密度は、
$$p_t=\frac12p_{xx}$$
を満たします。
これは、熱拡散率が、
$$\kappa=\frac12$$
の場合の熱方程式です。
熱の拡散と、ランダムに動く粒子の分布の拡大は、同じ数式によって記述されます。
画像処理
画像の明るさを $u(t,x,y)$ として、
$$u_t=\kappa\Delta u$$
によって時間発展させると、画像の細かな模様やノイズが消え、全体がぼやけていきます。
ここで、
$$\Delta u=u_{xx}+u_{yy}$$
は2次元のラプラシアンです。
熱方程式が高周波成分を速く減衰させる性質が、画像の平滑化として利用されます。
金融数学
金融数学に現れるブラック・ショールズ方程式は、適切な変数変換によって熱方程式へ変形できます。
そのため、熱方程式の解法は、オプション価格の計算にも利用されています。
非線形偏微分方程式
反応拡散方程式、バーガーズ方程式、ナビエ・ストークス方程式など、多くの非線形偏微分方程式には、
$$\Delta u$$
という拡散項が含まれています。
拡散項には、
- 解の凸凹を抑える
- 高周波成分を減衰させる
- エネルギーを散逸させる
- 解を滑らかにする
という働きがあります。
線形熱方程式を理解することは、より複雑な偏微分方程式を学ぶための重要な第一歩です。
14.少し発展:熱半群とは何か
熱方程式の解は、作用素を使って、
$$u(t)=e^{t\kappa\Delta}u_0$$
と書かれることがあります。
ここで $e^{t\kappa\Delta}$ は、通常の指数関数ではなく、初期値 $u_0$ を時刻 $t$ の解へ移す作用素です。
この作用素を熱半群といいます。
熱半群には、
$$e^{(t+s)\kappa\Delta}=e^{t\kappa\Delta}e^{s\kappa\Delta}$$
という性質があります。
これは、
最初に時間 $s$ だけ熱を拡散させ、その後さらに時間 $t$ だけ拡散させることは、最初から時間 $t+s$ だけ拡散させることと同じ
という意味です。
熱核を使えば、この性質は、
$$G_{t+s}=G_t*G_s$$
と表されます。
この半群の考え方は、線形熱方程式だけでなく、非線形偏微分方程式や確率偏微分方程式を研究するときにも重要になります。
15.熱方程式の本質
ここまでに見てきたように、線形熱方程式、
$$u_t=\kappa u_{xx}$$
には、次の性質があります。
- 温度の山を下げ、谷を持ち上げる
- 非負の初期値を非負のまま保つ
- 最大値を増加させない
- 適切な条件のもとで全体の熱量を保存する
- 粗い初期値を滑らかにする
- 細かな振動を速く消す
- エネルギーを減少させる
- 数学上は影響を瞬時に全空間へ伝える
これらは、互いに無関係な性質ではありません。
熱方程式の解が、
$$u(t,x)=\int_{\mathbb R}G_t(x-y)u_0(y),dy$$
という重み付き平均で表されることから、多くの性質が導かれます。
熱核が正だから、非負の初期値は非負のまま保たれます。
熱核の積分が1だから、解は最初の最大値と最小値の間に収まります。
滑らかな熱核で平均を取るから、解も滑らかになります。
時間とともに広い範囲を平均するから、温度差は消えていきます。
そして、高い周波数ほど強く抑えられるため、細かな情報から失われていきます。
したがって、熱方程式の本質は、
$$\boxed{\text{局所的な違いをならし、全体を平均へ近づけること}}$$
だといえます。
熱方程式は、単なる温度の方程式ではありません。
熱伝導、物質の拡散、確率論、画像処理、金融数学、流体力学などに共通して現れる、「凸凹を消す数学」の基本モデルなのです。
よくある質問
熱方程式と熱伝導方程式は違うのですか?
基本的には、同じ種類の方程式を指します。
物理学や工学では「熱伝導方程式」、数学では「熱方程式」と呼ばれることが多くあります。
物質の濃度を表す場合には、「拡散方程式」と呼ばれます。
なぜ熱方程式は線形なのですか?
熱方程式、
$$u_t=\kappa u_{xx}$$
では、未知関数 $u$ とその微分が1次式として現れます。
$u^2$、$uu_x$、$\sin u$ などの非線形な項は含まれていません。
そのため、複数の解を足し合わせても再び解になる、重ね合わせの原理が成り立ちます。
ただし、熱伝導率が温度によって変化する場合などには、非線形な熱方程式が現れることもあります。
熱方程式は必ず具体的に解けますか?
単純な領域や境界条件では、熱核やフーリエ級数を使って解を具体的に表せます。
一方、複雑な形の領域、場所によって変化する係数、複雑な境界条件がある場合には、有限差分法や有限要素法などの数値計算が使われます。
最終的な温度は必ず0になりますか?
境界条件によって異なります。
両端を0度に固定すれば、適切な条件のもとで温度は最終的に0へ近づきます。
両端を断熱して熱量が保存される場合には、初期温度の平均値へ近づきます。
熱方程式と波動方程式の違いは何ですか?
熱方程式は、時間とともに解を滑らかにし、エネルギーを散逸させます。
一方、波動方程式は振動や形を有限速度で伝えます。
熱方程式が「凸凹を消す方程式」なら、波動方程式は「振動を運ぶ方程式」と考えると分かりやすいでしょう。
熱方程式はなぜ放物型方程式と呼ばれるのですか?
2階偏微分方程式は、最高階の微分項の形によって、楕円型・放物型・双曲型などに分類されます。
熱方程式は、その分類では放物型に属します。
放物型方程式には、時間が進むと解が滑らかになるという特徴があります。
熱方程式を時間について逆向きに解けますか?
形式的には逆向きの式を考えられますが、一般には非常に不安定です。
未来へ進む間に高周波成分が急速に失われるため、過去を復元しようとすると、小さな誤差が大きく増幅されます。
このような問題を、後退熱方程式といいます。


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